仕事柄(本業のほうだ)、多くのお年寄りと接点がある。
健康だけでなく、それぞれの家族事情なども垣間見えることがあったりする。
そんなとき、親孝行だなぁと思うのは、
金銭的に不自由させていないことではなく(それも立派だと思うけど)
親のことを心から大切に思っている人をみたときだ。愛があるんだよね。
こんなこと、全世界に発信するのもいかがなものかと思うけど、
私は母のことを愛していない。心から大切にも思っていない。
かといって、では関わらないでいられるかというと、
やはり世間の「親孝行」の呪縛からは逃れられない小心者だ。
親は愛していないけど、年寄りを大切にしない自分というのは、どうも居心地が悪い。
本当は何不自由ない生活をさせてあげられればいいんだろうけど
それは物理的にできない(親どころか、自分の老後だって危うい)
では何ができるかというと、実にささやかではあるが、
美味しいものを食べさせてあげること、これが私のできる最大限の親孝行である。
というわけで、せっせと美味しそうなものを作る。
買ってくることもあるけど、自分で作ることが私自身の居心地をきっとよくするんだろう。
自己満足ともいうけどね。
この前も、坂田阿希子さんの「あまくないからおいしいお菓子」にのっていた
夢のように美しい「フルーツよりみずみずしいフルーツゼリーテリーヌ」の写真にノックアウトされ、
調子にのって、作ってみた。
桃とオレンジとアメリカンチェリーを白ワインベースで。
想定したできあがりより、だいぶアレレな感じの仕上がりになったが
味はかわらんってことで、1つを盛り付けて、もう1つはガラスの器にいれたまま
母には「盛り付けたほうを食べてね」といって、家を出た。
そして帰宅してみると、冷蔵庫の中のゼリーが残っていない。
まさかと思い、母に尋ねてみると「2つ食べちゃった(ハート)」という返事。
いやね、ボケてしまっているなら仕方ないですよ。
わたしも笑って、美味しかった?って聞きましょう。
そうじゃないとすると、もう、どないしたろかと思うわけですよ。
親孝行を語る前に、この自分の中に沸き上がったどす黒い感情と対峙することが
もっかの私の課題なのでございます。
親に限らず本来は愛情を持ってつながる存在であって欲しいと願いつつも、
そうはできない関係というのが身近に存在します。
自身の育ちを含めた背景や相手のそれら、そして それぞれの生まれ持った特性・特質
相手に深い愛情を持つことはできなくても、関わりを持たなければならない以上 、
少しでも穏やかに向かい合えたらと願います。
向き合い関わる相手に対して、”心からお大切に” と想うことは本当に難しいです。
ビタミンKさん
コメントありがとうございます。
世間一般の常識からすると、なかなか理解され難い感情ですので
だれかれとなく話題をふることはできませんけど
数は少ないとはいえ、同じような感情を持て余している方の葛藤は理解できます。
結局、自分で解決するしかないことなのですが、
どうその感情を昇華していくかは、ひとそれぞれ。
同じような悩みを抱えるみなさんが(自分も含め)、
そのしがらみから精神的に解放されるといいなと思っています。
温かいお言葉をありがとうございます。
表立って話題になさる方は少ないのかもしれませんが、身近な存在に対して同様に
負の感情を抱え、持て余して葛藤している人は意外に多いのではないでしょうか…。
仰る通り 自分自身の問題で、その感情と向き合い どの様に昇華していくかは
一人 ひとり、異なるのでしょう。
牧村様はお忙しい日常の中にも、季節感溢れる暮らしを大切になさり、
日々の暮らしの中で手作りの美味しさを愉しんでいらっしゃいます。
そして、それをお母様にも 分かち合っていらっしゃいます。
また、行動力・フットワークの良さにも感心致しております。
とても私にはできないことばかりですが、ささやかな 生活の中に、
小さな喜びを奏でる者でありたいと願います。